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燈明崎の吉備真備(きびのまきび)漂流の地
今回は 燈明崎の吉備真備漂流地です
吉備1
捕鯨の基地として300年以上の歴史があるという
和歌山県太地町を訪れていた時 くじら博物館を見学した後
吉備7
なにげなく地図案内を見ると 吉備真備漂流の地 とある
きっと知らない人の方が多いと思う 
私なんかは 火の鳥 鳳凰編で知った
ちょっとネットで調べてみると かなりの天才で 日本の歴史上
学者で右大臣にまで成った人は二人しかおらず 
藤原道真と吉備真備である
藤原道真といえば大宰府天満宮に奉られ 
学問の神様として受験生に大人気で知名度も高い
吉備2
この吉備真備は遣唐使として2度渡り 
たくさんの知識や技術 人物を携えて帰国している
しかし この場所に漂流したとの記述は見つけられなかった
吉備4
石碑 近くの看板を見ると副遣唐使とあるので
二度目の帰路であることは間違いない もっと詳しく書いた注意書き
みたいなものが近くにあり読んだのだが はっきり覚えていない
漂流して しばらくここで過ごしてから都に帰ったということしか覚えていない....
二度目は屋久島に漂流したという記述ばかりである
ちなみに一度目は種子島に漂流している
屋久島と種子島は近いが 太地とは離れすぎである
おそらく遣唐使船の寄港地が薩摩の坊津(ぼうのつ)だったので
ここを目指して少し進路がずれてしまい 種子島や屋久島についたのだと思う
それから畿内の都に向かい
(この時代は遷都が多いので どこかはっきり分からなかった 難波?河内?)
その途中 漂流したのかな。
詳しい人は こいつバカ?って思うでしょうけど 笑ってやってください
さて ここから本題ですが
火の鳥鳳凰編の 吉備真備は大仏の建設が天災により工事が遅れ 
出費が増え さらに良弁(ろうべん)が亡くなったため 失脚し
九州の山奥に島流しされています
かなり残っている文献とは違います
手塚作品を読んでいると だいたいの場合 
よくここまで調べてイメージを膨らましたなと思うことが多いので
鳳凰編も この時代を もっと調べていけば 本当はこういうストーリーも 
あったのかもしれないと思えるかもしれません
なんだか自分自身で何を言いたいのか分からなくなってきました
吉備3
余談ですが 近くには落合博満野球記念館があります
話の種に入ろうかと思ったのですが
特にファンでもない私にとっては 入館料たけええーーーーー
入るのは諦めました。
吉備6

吉備5
最後に燈明台からの景色です






テーマ:旅行記 - ジャンル:旅行

史跡 | 00:17:06 | Trackback(0) | Comments(0)
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